Photo : Masataka Nakada (STUH)
Edit & Text : Shin Kawase

DESCENTE GLOBAL FOOTWEAR
“Triathlon Shoes PROJECT” Part2
Key Man
Ryoma Hayashi (DESCENTE Supervisor)
Interview

スポーツアパレルの雄、デサントが本気でパフォーマンスシューズを開発する。その決意表明を経て、2017年3月にプロジェクトチームが立ち上がり、まったくのゼロベースからスタートして約3年。アドリアン選手の最終確認も無事終えて、ようやくトライアスロン専門シューズが完成した。企画開発担当者である林 亮誠氏に誕生までの経緯を取材した。

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トライアスロン専門シューズなので、
極論を言うと10キロしか持たないシューズでいい。
その究極を目指してやっていました。

–––まず、このプロジェクトがスタートすることになったキッカケを教えてください
日本では、デサント=トライアスロンということが知られていませんが、ヨーロッパでは専門のウエアを展開しているんです。2013年には、スイストライアスロン連盟のオフィシャルサプライヤーとしてスイス代表のユニフォームを作って、ロンドンやリオオリンピックではメダルも獲得してるんです。なので2020年の東京開催を目指してシューズも一緒に開発することになりました。

–––まったくのゼロからスタートしたと聞きましたが
そうなんです。色々なシューズは手掛けてきましたが、トライアスロン専門のシューズは、初めてで経験もなかったので、最初に選手の声を聞こうと思って、徹底的にアンケートを採りました。それでデータを集めて、それを徹底的に読み込んで必要な要素を抽出していきました。同時に世界と日本のトップの試合のビデオを取り寄せて何回も観て、とにかく分析しました。

–––どれぐらいの期間をかけられたんですか?
アンケート、分析、ビデオというのを繰り返し1年間位やっていました。その分析したデータを蓄積すると何となくわかってきたんです。それからやっと具体的にラスト(足型)とファーストサンプルを作ることになりました。

–––これがラストとファーストサンプルなんですね
そうです。今見るとちょっと恥ずかしいんですけど、これがプロトタイプになります。ここからまたスイスに出向いて、スイスの選手に確認しに行って改良していったんです。およそ2年位かけてサンプルを作っては修正、作っては修正して…試行錯誤を繰り返しながら、自分がイメージした完成形に近づいてきた感じです。トライアスロン専門シューズなので、10キロをベストで走れればいい。極論を言うと10キロしか持たないシューズでいい。その究極を目指してやっていました。

–––それからやっと色々なテストを開始したんですね
そうなんです。まずは、選手が履いている靴をもらってきて。あと、世界トップランクの選手が使用しているシューズを購入してテストしていきました。夏開催のトライアスロンの大会を見に行くと、選手はとんでもない量の水を頭からかけて、肩から足元まで、びしゃびしゃな状態なんです。DISCにはアパレルの実験で使用する人工降雨機がある。

比較的珍しいとされるこの機械を使えば、一定の雨を降らせることができる、と思ったんです。これは使えるなと思って、80ミリで何分間降らせたらどうなるんだろうか?50ミリだったら?という感じで実験しました。

–––このテストのゴールは何だったんでしょうか?
最初のテストは水分を含む量、重量比。80ミリの雨を1分降らせる前の重量から何グラム後でどれ位増えてるかっていうのを何度も何度もやりました。それである程度の結果が出たのですが、重量比較は公的なデータでは発表できなかったんです。なので「乾燥性」で比較することにしました。水に30分間つけて何分後にどれだけ水が抜けてるかっていう試験を行ったんです。これって実はアパレルの試験方法なのですが、シューズに応用してくれってお願いしてDISCでやってもらったんです。その結果、世界トップランクの選手が使用しているシューズの中でも一番速く乾いたんです。このテストはデサントじゃないとできなかったので、デサントらしいシューズが完成した瞬間でしたね。既存のトライアスロン用シューズの中で「水に濡れても、一番軽く、一番速く乾くのがデサントのトライアスロンシューズだ」と胸を張ってスイスチームに伝えることができました。

–––アドリアン選手と契約した経緯を教えてください
うちの販促担当が、年に1回のスイス代表選手が集まるタイミングで主要選手にトライアスロンシューズの資料を渡して話をしてくれたんです。最終サンプルが完成する前の段階で。そしたら、一番最初にリアクションして、コンタクトを取ってくれたのがアドリアン選手だったんです。

2019年1月にアドリアン選手から「最終サンプルはいつできますか?」と言われた時はまだ最終段階に至ってなかったのですが、また彼から連絡があって「スイス大会に履いて出場したいので、すぐに送ってほしい」と(苦笑)。本位ではなかったけど、しょうがなく途中段階のサンプルをスイスに送ったんです。そしたらまさかの優勝だったという(笑)。

May 25, 2019
ITU WORLD TRIATHLON LAUSANNE

Photo : Kiristen

–––途中段階のサンプルで優勝するとはすごいですね
本当にそうですよね。でも、デサントのアパレルの技術の高さにアドリアン選手が惚れ込んでいて、だから靴も絶対いいはずだと思ってくれてる節があったみたいです。なので運命的に出会って、相思相愛で、じゃあ一緒にやろうかみたいな感じになりました。そこから彼と半年近く色んなコミュニケーション取って作ってきた感じですね。僕もスイスに会いに行って話をしたりとか。

「ちょっと痛い」って言ってくれたら、
そこに大ヒントがある

–––選手とのコミュニケーションで一番大切なこととは何だと思いますか?
いわゆるコミュニケーションを取りながら、シューズの精度を上げていくわけですけど、僕は選手が求めているものが何なのかっていうことをとことん聞きますね。こちらから提案をするよりもまずは聞く。そこに答えが絶対あるので、それを自分の目で見に行って、その後に話をする。そこで初めて提案するみたいな感じですね。僕はとにかく感覚の情報をすごく大事にしていて「ちょっと痛い」って言ってくれたら、そこに大ヒントがあるんですよ。「何か違う」とか、「何か、こうなんです」とかっていう、相手のフィーリングっていうんですかね。言葉で言い表せない何かを大事にするのは、ガンバ大阪の遠藤選手と一緒にやってきた経験からなんですけど。

–––テスト結果をプロダクトに反映する上で一番難しい所、大切なこととは?
反映するときに一番難しいところっていうのは、その手法が正解か誰も分からないところですね。正解かどうかが分からないので、他の方法はないかとか、それをとにかくとことん考え抜く。でも、スポーツシューズ業界では超弱小ブランドなので、まだできないことのほうが多いんです。でも、その中でいかに知恵を絞るのかだと思っています。選手がそこまでやる?って思うような所まで徹底的に考えますし、チーム全員に相談をします。中でもデザインチームとはとことん議論しますね。

–––デザインチームと開発チームは、ぶつかって論議になると他メーカーさんからもよく聞きますね
僕らも同じでデザインチームスタッフとは本当によく言い合いをしますし、何度もケンカしました、殴り合い直前まで(苦笑)。今回はやってないですけど(笑)。でも皆それだけ真剣に作っているんです。

絶対に期待を裏切る訳にはいかなかったんです。
そのプレッシャーとの闘いの日々でした。

–––最終サンプルが完成。率直な感想を教えてください
そうですね…。達成感というより、やっとここまで来られたなって、ホッとする気持ちのほうが強いです。最終的には、デサントならではのシューズに仕上がったと思います。ヨーロッパでは、デサントのアパレルが既に信頼を勝ち得ていたので、シューズも当然それを求められるし、絶対に期待を裏切る訳にはいかなかったんです。そのプレッシャーとの闘いの日々でした。

–––今後の目標と未来について教えてください
直近では東京の大会でスイス代表が表彰台に上がること。その次は、トライアスロンシューズのネクストを作ることです。それは、20キロ、40キロに耐えられるトライアスロン専門シューズ。これが完成すると、ハーフマラソン、フルマラソンのトップランナーが履ける本格的なパフォーマンスランニングシューズがデサントから提案できるんです。そうすると、多くの競技、もっと多くの人に知ってもらえるかと。なので競技用であれば、とにかくアスリートファーストでアスリートに寄り添うこと。ライフスタイルであれば、コンシューマーファーストでユーザーに寄り添うっていうか、一緒に歩んでいくようなシューズを作っていきたいと思っています。

–––アドリアン選手へ一言
「一緒に東京で見たことない景色を見ようよ」って、彼には伝えました。それに対して彼は、笑って「了解!」とジェスチャーしてくれました。彼が表彰台に上がる姿を見たら、きっと泣いてしまいますね(笑)。

INFORMATION
取材協力:
株式会社デサント
DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX
大阪府茨木市彩都やまぶき2丁目3番2号

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